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そして、それから目標を決めて、昨日よりも1周でも多く歩こうって。

一番多い日は18周歩いたね。

7時にご飯食べるやろ、8時になったら、点滴台をちゃーんともって

携帯を持って歩くわけ。

「おはようございまーす、おはようございまーす」と会う人会う人に挨拶しながら

一周ごとに正の字を書きながら歩く日々。

この原動力は全て父さんやね。

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11年前に父さんが脳梗塞で倒れてね。

4日間意識不明で。

10月29日、近くの喫茶店でコーヒーを飲んでたら

パタンってカップが持てんなったんやって。

あれ?これはおかしいとおもうて、

仲間も周りにいっぱいおったんやけど

誰にもいわんと出てきて

なんとか車を運転して、近所の病院へ転がり込んで、そこで倒れた。

10時頃やったらしい。

私はちょうど家でパンを口に入れた所に電話がかかってきて

おたくのご主人が倒れられましたのですぐに来てくださいって。

行くにもさ、足が震えて運転できんのよ。

で、妹に連れていってもろうて。

で、お医者が、脳出血です。脳の再生はありません。

ただ、数ミリのところで、運動の血管にかかってませんっていわれて。

 

寝ている旦那に「お父さん」って蚊のなくような声で声をかたの。

そしたら、先生が、どんなによんでも反応ありませんっていっとったのに

むくっと起きようとしたの。

で、起きたらいかん!っておさえて、それからパタンっと4日間意識がなくなった。

 

隣にお尻の切れたおばあさんがおって、夜も昼もイタイーイタイーって叫びよったんやけど

その声で目を覚ましたんや。

 

起きた瞬間に、仕事のことをいうとんの。

今日は、どこどこの予約が入っとってとか

何人のお客がくる、とか。ね。

「もう、仕事のことは考えんでえいっ」って私に叱られて。

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敦子を母に預けて、次の日から看病が始まったんやけど、

重傷病棟から個室に移って2日くらい経ったとき、

うんちがしたい、便器でとってくれ、というわけ。

私はそんなんしたことないし、どうしょうかと思うてたら

看護婦さんがちょうどやってきて

高山さん、そこにトイレあるやんか、もう一人看護師連れてくるわ

っていうて、看護婦さん二人に抱えられてトイレに行ったのよ。

完全に足は動かへんのよ。

「あまえとったらいかん」あっさりと、そういわれて

「あ、そうか」とおもった。

それで、次の日から、父さん起きよ、っていうて

動かへん身体を歩行器にもたれさせてなんとか歩かしたん。

そして、3日目くらいからは「歩行器やめ!自力で歩け」というて。

病院は全部手すりがついとるやろ。

手すりをもって歩かして、私が必ず後ろについて。

片方は手すりを持っとうけど、片方の手があいとるやん。

あ、この手を空けとかれへん、と思うて

この手には500ミリのペットボトルにお湯を入れて持たして、

腕をふれって。

毎日、20日間くらい歩かした。

脳外科の先生が来て、「えー、高山さんが歩いとる!」って先生がびっくりしとった。

リハビリ行ってもな、お箸をもって、小豆を入れる、ただそれだけなの。

そんなんでは治られへんやん。

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そんなにして、父さんを歩かしたもんで

乳がんになって、私も寝てられへんやん。

だから、妹に怒られながらも

さぁいくぞーと点滴台をかーんと持って、すぐ歩いたわけ。

あの点滴台5本足やもんでさ、足をよう打つんよ。

1日、2日はスリッパをはいとったんやけど、こりゃ話にならんとおもうて

3日目は靴に履き替えて

4日目からはパジャマなんか着てられへん。ズボンを履きながらブレスを2本して。

5日目からはネックレスを2本して。

6日目にはイヤリングをして。

病院の中を闊歩してましたわ。

 

だって、この光り物が私の生きる希望やもの。

これがないと生きとる意味がないって。

 

6日目にイヤリングをしたら、看護婦さんが

「高山さんかわいい」って。

これが私やもの。高山印や。

これをしとると元気がでるいうもんで。

でもさすがに、化粧はやめてくださいっていわれたな。笑

泣いとったら病気が大きいなるって思うた。

今までさんざん泣いてきた人生やったのに、これ以上、

どうってことあるかーとおもうた。

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私の乳がんにしても、見つけてもらってよかった

ありがたい、ありがたい。

さんざん泣いたから、今は無敵。怖い物はないね。

お金がないのが苦しいくらいで。もう泣く事はないわ。

泣いとっても一日、笑っとっても一日。

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今までは死ぬっちゅうことは考えてなかった。

けど、手術するときはじめて、そのことが頭をよぎった。

で、この先の敦子らあの終の住処をなんとかしてやらんと、と思うた。

かというて息子に置いていかれへんやろ。

どんなにえい嫁さんがみたるっていうてくれてもさ、

あの子らぁにはあの子らぁの生活があるし。

だから、私らぁがおらへんなった後、

この家以外にあつこらぁのおれるところ。

そういうところつくることが、私の今の夢やね。

障害者年金でなにもかもまかなえて、最後からおれる

っていうところを、どうにかしてつくりたい。

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おわり

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