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昭和56年の3月にあつこが生まれた。

あつこは生まれた時3700gあった。

産気づいたとき、先生がちょうど手術に出ておらんかったけど

子どもが大きかったから、看護婦さんが

「がまんしてなー」って、先生が帰ってくるのを待っとった。

 

頭はもうでとったので、そこで産ましてくれるとよかったんやけど

大きいよって、お母さんが裂けるといかんよって分娩台で待っとった。

足がつって、だんだん閉じてくるんやけど

それがいかんっていうて、看護婦さんにかっと、開かれるんよ。

それが痛うて、痛うて。けど、結局閉められるわけ。

どれくらい待ったかなぁ、だいぶ待ったよ。

 

それで、先生が来てくれて

切ってくれて、出してもろうたんやけど

出てきた時真っ黒やったんよ。

えっ!えらい子産んでしもうたっ!!って思うたけど

看護婦さんが「3日4日したらなおるでな」っていうて

そしたら、ほんとに3、4日したら普通の赤ちゃんの色に戻った。

 

 

あっちゃんカルタ
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(つづく)

 

それから、二年、三年経って

2歳になり3歳になっても、うさうさうさうさして

ちっとも同じ所におらへんの。

人の中にはおらへんし、まぁ、すみへすみへ行くんよ。

それで、おっかしいなぁとは思うていたんやけど

風邪をひかしたタイミングで近くのお医者へ連れていったら

「この子、なすび色で産まれてこんかったか?」といわれた。

そういえば、あつこは真っ黒いなすび色で産まれた。

そして、ここに輪っかがあった。

孫悟空がお釈迦様に輪っかをはめられる、ちょうどあんな感じの輪っか。

「お産の時、待っている間、頭を閉めてしまったもんやから

言葉の神経とか、落ち着きの神経とかが、

これをみんな抑えたっとる」って。

 

東京の方でえい薬が開発されたらしいから、とったろか?

っていわれて

もう、こっちはわらにでもすがりたいから

先生、そんな薬やったら、なんでもえぇっていうて。

そしたら、ホバテという薬をとってくれて。

今のね、痴ほうの人らぁに飲ます薬。

まだ、出た所やったから、なんにもわからんかったのよ。

で、わらにもすがるおもいでその薬をもろうて

これやったら、ちょっとは神経が発達するよって、といわれて。

一袋半分づつ、朝と夕とに飲ましとった。

 

 

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そんな折、市役所から保健婦さんが検診にまわってきてくれて

今までのすべてを説明したら

「あ!」となって。

「伊勢の児童相談所に行ってくださいと」言われた。

そんで、その日に父さんに休んでもろうて、児童相談所へいったら

あすなろ学園から小西先生という先生が見えられとって、

私らの説明を聞いた後に、ひと言

「自閉症候群やなぁ」といわれた。

自閉症っていうたら、あのカーテンをかぶって

人に会いたない(会いたくない)とか、

そういう意識しかなかったから。頭はまっ白。

もう、なんと帰ってきたか覚えがない。

ショックで。

あんたの先祖に、誰か悪い事した人がおるとかいっぱい言われた。

だから、ずっと泣くしかなかった。

 

あっちゃんカルタ
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「医者に、この子を家で一人で置いとくより保育所に入れなさい」

といわれた。

で、鳥羽の安楽島っていう一番奥の保育所に頼みにいったら、

受けとってはくれたんやけど

他のお母さんに迷惑かけたらいかんというので、

他の子は4時なんやけど

三時に迎えにきてといわれて、

毎日その時間に迎えに行った。

 

でも、半年くらいはね、行くとね、必ず隅におるの。

部屋の角におるか、本箱の中に入っとるか。

せまーいところに入っとるのが好きなんね。

 

で半年過ぎた頃か、迎えに行って、四隅みてもおらへん、

本箱見てもおらへんの。

そしたら、先生が「お母さん、ここにおるよ」って。

その時がいっちばん嬉しかったなぁ。

あ、やっと人並みにみんなと列におれた、とおもた。(思った)

 

あっちゃんカルタ
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鳥羽で生活しとった時、

団地の中には40軒、家があったんやけど

2軒だけ、えらい人がおった。

私らはその人の家の丁度、真上の階に住んどった。

団地の中で障害の子というのは、とてもとても。

いろいろ言われるもんで、もうアツコを家に閉じ込めたわけ。

そしたらアツコは外に出たいからベランダに行くわけ。

それでベランダから漬け物やら花びらやらをぱらーっと落とすやろ。

そうしたら、もう、ものすごい剣幕で怒ってきて。

仲間も引き連れて文句いうてきて。

そんな日が半年くらい続いた。ほんと、気が狂いそうやった。

毎日、どうやって死のうかと考えとった。

もう死にたくて、死にたくて。

そやけど、この子を連れて死んでも

父さんと息子を置いていかれやせんもんで(行けないもので)。

あつこは二つ違いの兄ちゃんがおる。

団地の4階に住んどって、その4階から何度も飛び降りようとおもたことある。

そやけど、父さんと息子を置いていかれやせんし。

 

あっちゃんカルタ
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ちょうどその頃、

ここの土地が整地されはじめて売りに出されるということがわかって。

母さんが「立神もどってきやへんかー」っていうんや。

ほやけど、お金なんて一銭もあらへん。

父さんが板場で働いているだけで、

私はこんな子もって外に働きにいける状況じゃなくって。

けど、じいさんとばあさんが出したるっていうもんで、両方の親に出してもうて、

なんとかかんとか金を工面して、ここへ土地買うたわけよ。

ほいで、父さんの兄さんが自分の山から木を出してくれて、

ここへ運んでくれて、この家建ててくれた。

わたしは、もう、とにかく、

あの団地におりとうないもんで(居たくないので)

まだ、家の壁がついたくらいの状態で、

まだ出来てもないのに引っ越してきたの。

父さん、もう家変わろう。

ここではよう暮らさん(早く暮らそう)って泣いて暮らしとって。

鳥羽におるなんてことは、もう死にたいくらいやったから。

もう、思い出したくないくらい。

 

あっちゃんカルタ
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で、こっち引っ越してきて、私は親元やし、ルンルンや。

会う人会う人みんな知っとるし。

一番困ったのは大工さんやね。

一部屋ずつ作業する度に、

私らの荷物全部のけんなんや。(退けなきゃいけない)

そりゃあ、迷惑かけたわ。

けど、旦那も大工さんも許してくれた。

当時はまだ、こんなに強い人間じゃなくて

泣いてばっかりいて、へたすると死ぬくらいの感じやったからね。

 

あっちゃんカルタ
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でも、まだまだ地獄は待っとった。

 

息子も鳥羽の団地の友達がいっぱいおるところから

山の中の、友達が誰もおらんとこへ引っ越してきたやろ?

なんでこんなとこへ来たん?帰ろ、帰ろって泣くしな。

家建てて、一年で父さん鬱はするしな。

家建てて、1年経ったくらいの4月、

父さんが帰ってくると

「おれなぁ、どの電信柱に首吊ったら

楽に死ねるかっていうことをいつも考えとる」

っていわれて。

はぁ?私や子は??っていうたら

もう、よう考えん、って。

もう、それいわれた時に、身震いして。

 

 

 

あっちゃんカルタ
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「なに考えとんのー!!」って父さんのほっぺたをバッチーンと叩いたった。

そんでも、ほわん、となっとんの。意識がないみたいに。

 

ふつう、女に思いっきり叩かれたら「何するっ!?」って言うやろ?

「何する?!」ってそれもないんよ。

もう、苦しくて苦しくて、心が。

家建てて、一銭の余分な金もない。

生活費はどうしょう?そればっかりを考えて、もうたまらんかったんやろうな。

仕事場でも人間関係で行き詰まっていたみたいで。

責任感が強い人なもんで。

 

「もう休みない(休みなさい)!!」って言うて

弟に「金貸してくれ!!」って言うた。

「休んだら、この家の金、なんとするの?(どうするの?)」

「そんなもん、何とかなるわい」って、なんともならんのよ。

西洋の物語で死神がさ、黒いマント着て大きな鎌もっとるやろ?

あれが見えたもの、わたし。

だから「もう、休んで。」と言うて休ました。

で、弟がちょうど農協で支店長やっとったもんで

「金貸してくれ!!」

「なんしたん、姉やん」

「父さんが病気でおかしくなって。とりあえず、60万貸してくれ。」って。

2ヶ月分の生活費と借金返済のお金をかりた。

あっちゃんカルタ
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ちょうど、私は真珠の玉入れの仕事しとって、

外で父さんは釣り竿を持たして遊ばせとった。

5分経つと、ぽんと竿をおいて、

うろうろっと違う所へ座って

ぼーっと。

 

「おい、高山、釣りすんのはええけど、ほれ、ちゃんと糸をみておかんと、

ゆるんであとが面倒なことになるぞよ。」

と、うちの父が言うと、やっと、竿を持ってするん。

そんな生活が一ヶ月くらい続いたんかな。

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